組織の限界
ケネス・アロー(Kenneth. J. Arrow)は経済学を学んだものなら誰でも知っている有名な学者だ。
アローの不可能性定理は教科書には必ずといっても載っているものであるし、厚生経済学、社会的選択理論への重要な貢献など経済学の発展に大きく寄与した。さらに情報の経済学に関しても。
アロー氏が活躍したのは20世紀後半であり、今からするとちょっと古い時代なのかもしれない。しかし、何を今さら的な古臭さは感じられない。きっと彼は時代によって流されることない普遍的な理論、考察を行なってきたのだろう。まさに、古典というべき資格を持つものである。
ミクロ経済学の理論であっても企業内部の行動メカニズムを詳細に組み込めるほどの精緻さはない。組織の限界はミクロすぎる。しかし、昨今発展してきた実証的な経済学の理論構築においては、その洞察は欠かせない。
組織内コミュニケーションや情報共有の限定性など、組織内においても分業が図られ情報がくまなく行き渡るものではない。組織をみていると限定合理性の前提の重要さもわかる。
まさに現代経済学の礎となる思想がそこに詰められているものといえよう。
The Limits of Organization (Fels Lectures on Public Policy Analysis)
- 作者: Kenneth J. Arrow
- 出版社/メーカー: W W Norton & Co Inc
- 発売日: 1974/03
- メディア: ペーパーバック
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その他、社会的選択理論の著名な著作はこちら。
隷従への道
F.A.ハイエクの思想史上の位置付けはなかなか誤解されやすい。
社会主義、全体主義への明確な批判は有名な話であるが、レッセフェール(自由放任主義)に対しても批判的であったことはあまり知られていない。彼は無政府主義者ではなく、政府の有用性を認めている。放っておけばどこでも競争が成立するわけではなく、競争の基盤となる法的枠組みや個人や企業の活動では維持できないが社会的利益のある事業への政府の活動は必要だという認識だ。
また、彼は社会主義経済計算論争で国家の計画的な経済運営を徹底的に批判したが、計画そのものを全否定はしていない。彼が否定したのは、国家統制経済など競争を阻害する計画であって、金融政策など競争に資する計画まで否定するものではない。
この本は一般向けのパンフレットとして書かれたものだが、この内容、この分量を読むのはなかなか根気がいる。それゆえか、アメリカではリーダーズ・ダイジェストのダイジェスト版の発行により爆発的に有名になり、読みもしないのに扇動的な批評が出回り、様々な誤解されたイメージにより、ビッグヒットになった。
本書は扇動的なものでもないし、過激な内容でもない。しごく真面目な本である。しかし、パンフレットとしては難しすぎて、ビッグヒットの裏で、著者に対する多くの誤ったイメージを作り出すこととなった。
なお、彼が批判したのは、方法としての集産主義であり、設計主義である。社会主義の理想が薄れつつある今日であっても、集産主義や設計主義的な考え方は、手を変え形を変えて残っており、未だ本書の意義は色褪せていない。
The Road to Serfdom: The Definitive Edition (The Collected Works of F. a. Hayek)
- 作者: Friedrich A. Von Hayek,Bruce Caldwell
- 出版社/メーカー: Univ of Chicago Pr (T)
- 発売日: 2007/03/30
- メディア: ペーパーバック
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次に読むのであれば、
法と立法と自由 3 自由人の政治的秩序 ハイエク全集 1-10 新版
アメリカ経済政策入門
原題は、"CONCRETE ECONOMICS The Hamilton Approach to Economic Growth and Policy"である。
Hamiltonとは、アメリカ建国の父の一人、アレクサンダー・ハミルトンのこと。アメリカ経済政策はハミルトンの政策、考え方が受け継がれている。
イメージとして、アメリカは「小さな政府」志向で、自由貿易を推し進める自由主義国家だというのがある。しかし、経済政策においては、イデオロギーよりも実利をとってきたのがアメリカの歴史であるという。国内産業保護政策による産業育成、関税の有効活用などイデオロギーの枠に囚われない、実利的な政策をもとに経済発展してきたのがアメリカなのだ。
ニューディール政策をケインズ的な経済政策として実施したというのも後付けに過ぎない。当時はケインズだどうのこうのというより、目の前の大不況と格闘しなければならないという状況下で選択の余地のないものだったのかもしれない。
アメリカのプラグマティックな経済政策は日本も取り入れ、高度経済成長を生み出したという。腐敗した小役人ではなく、優秀な官僚が優れた経済政策を生み出したことで、経済発展が進んだ。まさしくハーヴェイロードの前提が正しく機能したものだったのだろう。
ハミルトンの著作
愛と怒りの行動経済学
原題は、FELLING SMART -why our emotions are more relational than we think- というよう。こちらの方が内容に対して直裁的だ。
感情と理性の二項対立で語られることが多いが、だいたい軍配は理性の方にあがる。感情は人間の行動を過てるものとされがちである。特に怒りの感情などは。
感情は理性より下等な機能だともよく言われる。合理的判断のためには感情を排除して冷静にならなければならない?
しかし、我々の行動から感情を排除しようと思ってもできるものではない。行動には何らかの思いがあるからこそ行動するのである。
感情を悪者にするのもいいが、理性だけで人は生きられるものではない。そんな人間本性にとって本書は朗報なのだと思う。
情報と秩序
エントロピー。よくわからない言葉である。
宇宙はエントロピーの増大が進んでおり、宇宙は無秩序に向かっているという。これは物理学、熱力学など自然科学において明確にされてきたことらしい。
しかし、地球には逆のことが起きているという。我々は情報の蓄積によって秩序ある社会を築いている。そう、我々の地球はエントロピー増大の宇宙的動勢に逆らう小さなポケットのようなのだ。
この本は、いわゆる文系の人間が読むと困惑するだろう。初めはなんの話か困惑するが、馴染みある経済の話まで連関させていく一貫性はすごい。しかし、複雑な人間社会を理解するための思考の枠組みとして、経済学や社会学のような社会科学だけでなく、物理学などの自然科学の思考ツールを利用すると多面的な理解が深まることを証してくれるものである。それこそ、複雑系の科学であり、学際的な研究が必要なのである。
著者の開発した経済複雑性指標についてはこちらを。
The Atlas of Economic Complexity: Mapping Paths to Prosperity (MIT Press)
データ分析の力
数式は一切出てこない。
因果関係を証明するためのエビデンスとなる手法と実務的な利用法がわかる。
因果関係の証明はA→Bであり、それ以外ではないことを見極めないといけない、とても困難な道。当たり前のようだけど、本当にそうかはどうやって証明できるんだろう、ということが重要な土台となる仮定だったりする。
RCT、RDデザイン、集積分析、パネルデータ分析など、門外漢にとっては聞いただけだとなんだかよくわからない手法を直感的な理解ができるよう示されている。
同時に、それぞれの分析手法の強みや弱み、限界を明快に晒してる。完全な方法はないのだ。
しかし、この本には世の中で言われている因果関係の確からしさを正しく認識するための教養が詰まっている。
この本の次に読むなら、こちらかな。
統計データの確からしさを疑う人にはこちらを。
役に立たない読書
読書は娯楽である。
役に立つか、たたないか、考えるのは無粋である。役に立てようと思って義務的に読むのは面白くない。つまらない本は読まなければいい。
でも食わず嫌いはよくない。何事も試し読みしてみると、意外と面白いものに出会える。無駄骨あるけれど、それも一興。
本の装丁などのデザインは「書姿」。姿が美しいと手に入れたくなる。これはわかる人だけわかること。
本も中身だけが全てではない。デザイン、大きさ、ページのめくりやすさ、字のフォント、余白の広さ、そして、その本を手に取ったシチュエーションまで全てがその本との思い出になる。
また本を手放すことが難しくなりそうだ。